人生、まだ途中

見て・感じて・聞いて・考えた 自分の記録

競合リサーチしていたらコンセプトも仕入れ元も同じお店が…。

このブログは読み手を意識せず、書きたいことだけを連ねていくだけのものです。

いわば私のストレス発散だったり、思考を整理であったり、記録だったりと…自己中心的なことばかり書き連ねております。

さて、今回もそんな感じの日記。

眠れないからちょっと書いちゃいます。

 

初夏あたりから、死ぬまで働いていられる自分の事業をつくりたくて調べたり何かに手を付けたりとやっております。

老後問題が世間を賑わしたあの頃。「どうせ死ぬまで働かなければならないのなら、果敢にビジネスに挑戦したい」また、結婚する予定もないため「孤独死を回避できる。最期まで人が立ち寄れる場所をつくりたい」と強く思うようにもなりました。

それが退職した前向きな理由でした。

 

しかし、わたしには自分から物を売るビジネス経験はおろか、人脈も資金もありません。それでも私が挑戦したかったのは、中国輸入です。

「こいつ怪しいセミナーにでもはまったか?」なんて思われそうですが、実は欲しいグッズを手に入れるために自力で中国輸入やっていました!

それで、これを使って中国雑貨を扱ったショップを開けないかと考えたのです。

 

大体のコンセプトを決め、ターゲット層やどんな雑貨を売りたいのかetcを洗いざらい書き出し、いざ競合リサーチ!

すると……やっぱりありましたTT。

同じコンセプトで同じ仕入先から輸入しているショップが…。

ショックです…。

ちょっとやさぐれ。

サイトの世界観も統一されていて見やすいし、商品画像もすごくきれい。(一部は中国のサイトのを使用しているけど)

 

……勝てる気がしない……

 

素人の私が、張り合えるわけがない。

張り合おうもんならわたしのショップで購入する「メリット」をもっと深掘りしないといけません。…いわゆる競合との自分の強みです。就職活動みたいですね(TT)

 

 

コンセプトとその理由。目標。メリット…そしてオリジナリティ。

 

これをどうやって掘り下げたものか。差別化はどうすれば。困ったな…、困ったよ…。

 

ただ、比較対象があるというのは大きいヒントや気づきを与えてくれるので、課題点を見つけただけでもラッキーです。

とはいえ、ゆっくりしてもいられません……。

 

 

会社員より時間が足りません…………。

中国の田舎に想いを寄せて―『辺城』を読んで【読書記録】

実家が京都に移住して何年か経ちます。あらかた周りを観光しつくした両親が、仕事を辞め時間を持て余す私を「伊根にドライブしにいこう」と声をかけてくれました。

京都府日本海側に面する丹後半島。その北東部に位置する伊根町は、伊根湾沿いに建つ舟屋の街並みが有名な観光スポット。

「舟屋を見て、おいしい魚を食べよう」と両親は誘ってくれたのです。

 

この舟屋と聞いて真っ先に思い浮かんだのが、大学院の翻訳授業で読んだ沈従文の『辺城』でした。

半分は陸地、半分は水の上に建つ吊り二階式の家が、日本で例えるなら伊根町の舟屋なのだと老師が教えてくれたのです。

「そんな景色があるのならどんなだろうか」と当時は好奇心がわいたけど、まだ東海地方に住んでいたので行く機会もなく、その後のゴタゴタで忘れておりました…。

それから7年が経ち、縁あって伊根町にいくことになったのです。

 

その前にもう一度読みたくなった私は、図書館で翻訳本を借りてきました。

3冊ほど翻訳本があるなかで、選んだのはおそらく最も古いだろう『現代中国語文学』(河出書房新社)。かつて、老師が「原文に一番近い日本語訳がこの方のなんです」とも仰いていたことを思い出したからでした。

今日は、その『辺城』の感想をお話しします。

著者とあらすじ

沈従文は1902-1988年の激動の時代を生き抜いた中国人作家。そんな認識でいたのですが、wikipediaでその経歴を見ると本当に激動。とくに1945年以降の国共内戦時にはたびたび批判に晒されたあげく職を失い、更には自殺未遂にうつ病と…読んでいるこちらの胸が痛くなる経歴でした。

代表作のひとつとしてあげられる『辺城』は1934年頃に書かれた小説です。
故郷の街をモデルに、中国の長閑な辺境の町でおこった悲恋物語といわれています。大人になったばかりの男女の芽生えたばかりの恋心が、ある悲劇を機にすれ違いをおこす。


ざっくりあらすじを言えばこんな感じ。
ただ、このお話は田舎の少年少女の淡い恋のお話しに重きを置いて描いているわけではないと、読んでいて感じました。


随所にでてくる鮮明な風景描写

この作品で最も惹かれたのは、風景や街の人々の生活を描いた数々の描写です。本当に、町の描写が多い。どんな地形で、どんな人々が暮らすのか。そこに住む人たちはどんな仕事に就いているひとで、住民たちはお互いにどういった関わりを持っているのか。
細かいところまで、丁寧に描写されているのです。その割合は、本筋である恋愛シーンより多いのではないでしょうか。(でも二人の恋模様も含めて、本作の魅力だと思う)

 

各波止場を貫いている一本の河沿いの街の人家は、たいてい半分は陸に就き、半分は水の上に出ている。余地がいくらもないため、それらの家屋はいずれも釣二階になっている。春さきになって河に大水が出て、水の足がだんだん街にはいってしまうと、河沿いの家の人々は、てんでに長い梯子をもって、一端を家の軒先にかけ、一端を城壁の上にかけて、てんでに罵りながら、風呂敷づつみや、夜具類や、米入れの甕をかついで、梯子の上から城内へ入っていく。
(P281より引用ー『現代中国語文学5』昭和45年8月 河出書房新社

 

河に近い人家はたいてい桃や杏の花のなかに埋まっている。春のころよく気を付けて見るならば、桃の花のなかにあるところには必ず人家があり、人家のあるところには必ず酒屋があることを見出すであろう。夏になると日向に目も醒めるような紫色の模様のはいった木綿の着物が乾かしてある。それがそこに人家があるというしるしになる。秋から冬にかかると、断崖絶壁の上にある家も、水に臨んだ家も、みな一目で見わたされ、黄色い土塀、黒い瓦、その一はこの上もなくしっくりして、かつ周囲の環境とみごとに調和していて、はっと目にはいる印象は非常に愉快である。

(P282より引用ー『現代中国語文学5』昭和45年8月 河出書房新社

作者の故郷をモデルにしていることもあって、すごく鮮明に描かれています。とても詳細だからこそ、そこに住む人々が生きてくる。登場人物は実在する人たちだったんじゃないかとも思えてきました。

一方で、里山や集落に想像される日本の田舎景色とは全く違う風景に、戸惑いも感じました。現代中国文学という現実ぽいジャンルの本を読んでいるはずなのに、創作ファンタジーのように感じられたからです。山と谷の間、河の支流が交わるところで数百年の暮らしを続けるひとたち。田舎でも都会のベッドタウンとされるところで生まれ育った私には、想像はできても現実みのない生活です。

だからこそ、見てみたい。この景色の本物を。

 

故郷への想い

もうひとつ感じたのは、
作者が自分がいた故郷を深く愛し、幼少期はきっと楽しく過ごしていたんだろうなということ。

「題記」でも、沈従文は

農民と兵士とに対して、わたしは口に出していえないほどのあたたかい愛情をいただいている。この感情はわたしのあらゆる作品のなかに、随所に見出すことができる。

(中略)

わたしは筆をとって彼らを描くとき、彼らにより多くの人間らしさを与え、より人情に近らしめるために、おのずとあるがままに少しも飾ることなく描くことになった。

(P275より引用ー『現代中国語文学5』昭和45年8月 河出書房新社

と、記しています。

この物語は、恋愛物語でありながら、著者が幼い頃に見て・聞いて・体感した故郷の人々の生活をありのままに描いたものなのかもしれません。その発端が、離れた故郷を想う郷愁の念なのか、「昔はよかったなぁ」といった過去への羨望からくるものなのかはわかりませんが…。

 

最後に

発展が著しい中国ですが、この辺城のモデルとなった町は現在もその面影を残しているのでしょうか。

河、船、舟屋のような家屋。歌を口ずさみ、にぎやかしい純朴な人々は今も尚そこにいらっしゃるのでしょうか。老師は今も大学で教鞭をとっていらっしゃるのだろうか。

ネットで調べればすぐに分かります。
でも、それは、いつかの楽しみにとっておきたい。

今は、自分のなかの「辺城」の余韻に浸っていたいのです。

 

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(京都・伊根町の船屋。1階部分は船置き場になっている。辺城にでてくる吊り2階の建物に似ているのだそう)

 

 

ja.wikipedia.org

〖自分用メモ〗成都武侯祠が今の形になるまで―『走进成都武侯祠100问』から。

三国志好きのわたしですが、最近の興味は専ら「成都武侯祠」(※以下、武侯祠)にあります。

武侯祠とは、日本でも人気のスーパー軍師・諸葛孔明を祀っている“祠”のことです。「武侯」は諸葛亮諡号からきています。ちなみに成都以外にも武侯祠は中国各地に点在しています。諸葛亮ゆかりの地にはたいていあるそうです。

さて、成都武侯祠はちょっと特別でありまして…。諸葛亮の主君である劉備のお墓や、彼を祀る廟も一緒に含めた一帯すべてをあわせて、武侯祠と呼ばれています。これには歴史的な理由がちゃんとあるのですが、今回は割愛。

というわけで、成都武侯祠の歴史のざっくりメモ書きをしようとおもいます。(いつかきれいにまとめーるよ!)

 

 

成都武侯祠のwikipedia。(わかりやす)

ja.wikipedia.org

ざっくり年表

でも自分でも調べたかったから、トピックスの内容を年表まがいにしてみる。

 

223年 8月 劉備、恵陵に埋葬される。

223年 8月?恵陵のそばに、劉備の廟(のちの「漢昭烈廟」)が建立。

后主刘禅在位的时候,每逢刘备的生祭、死祭都专程在此举行~(P17)

5世紀 漢昭烈廟の側に、諸葛亮の祠堂が建立。(※wikiでいうところの成漢の頃か)

明初 朱椿が劉備諸葛亮を合祀。

清  建物をリニューアルして現在の成都武侯祠の完成

 

かなりザックリしていますが、他のトピックスを読んでいけばもうちょっと詳細がわかるはず―!今日はここまで…。

 

後日調べること

①祠と廟の違い

トピックスのなかで、廟・祠が入り混じっています。どちらも祖先や偉人を祀る意味をもっており、この両者の違いがわかりません。 規模の違いなのか、感覚で使い分けられているのか…謎です。ぐへー。

他のトピックスも読み進めていけば、詳細がわかってくるとおもうので今回はここまで。

劉備の誕生日が1月というのは、伝統or宗教上のことか? 

余談ですが、劉禅が在位中に劉備の廟で祭祀を執り行っていたという部分。
前にweiboで見た劉備の誕生日が1月というのは、これが関係しているのかな~と思った次第。この辺は伝統とか宗教が関わってくるだろうなので、また別で調べる。

 トピックスでも『昭烈忠武侯庙志』を参考資料とされているので、きっとここに書いてある。(読めるとはいってない)

 

このご時世で無職で《よかったこと》

お久しぶりです。

さて、身内のお葬式にはじまりその勢いで帰省しました。移動は家族の車です。

相変わらずの無職なのですが、今回ばかりは「無職でよかった」としみじみ思いました。

家族と過ごす時間が増えた

無職なので仕事のことを気にする必要がありません。無職なので通勤ラッシュの電車にも乗りません。
たいていが家にこもっており、食事も自炊しているので濃厚接触になることがほとんどありません。もともと頻繁に出かけるタイプでもないので。

今回帰省できたのも、他人との接触が全くないからでした(これはこれで別の問題はあれど)。

 

おかげでじっくり家族と過ごせました。ちなみに実家は夜は天の川がハッキリ見えるほどの田舎。
大人たちは平日は働いているため、いつもなら預け保育にいる甥っ子たちも、今回は私と家でお留守番。一緒に遊んだり、テレビ見たり、ご飯の面倒みたり……シッターさんみたいなことをやらせてもらいつつ、楽しい時間を過ごせました。

ときおり対応に困ってしまいますが、子どもは好きな方です♪ 
また1人で過ごしてばかりいたので、家族と一緒の生活はリフレッシュにちょうどよかったです!

おいしいおやつに、ぽかぽかお風呂
あったかい布団で眠るんだろな~♪

『にんげんていいな』の歌詞みたいな空間があるんですよね。ありがとう、実家。

幸い、家族にも無職のことややりたい事については話しているので…特に「就職活動どうなの?」など余計なプレッシャーをかけられることもありませんでした。ありがとう、家族。

たまたま無職で人との接触が極端に少ないからこそ出来た帰省でした。

 

人が少ない時間帯に動ける

1日9時間の労働に就いていると、どうしても人が多い時間帯に動かざるを得ません。が、無職には時間の制約がないため、人の少ない時間帯を選んで公共交通機関や施設を利用できます。

これは本当に有難いです!ワクチン接種だって平日に行けるし、病院の予約も平日にできる…!本当に助かりました(TT)

 

人目が気になる性分だからこそ。

在職中は通勤しなければならなかったため、自分にも他人にもナーバスになっていました。

それが無職となり、出かける頻度が減ったことで気持ちも軽くなりました。家の中ではマスクをしていなくても、大きい声でくしゃみをしても他人の目を気にする必要がありませんからね。(うがい&手洗いはやってます)

 

5年前までの自分は無職であることに強い嫌悪感を抱いていましたが、時間の制約から解放されたことで人混みを避けて行動でき、また家族といられる時間が得られたので、このタイミングで仕事を辞めて本当に良かったとおもっています。

 

また次に繋げられるよう頑張るぞー!

 

《自分の死》を考えたら、働くことの意識が変わった話ーお盆だから【思い出】

コロナが来る前のこの時期は、お盆休暇を利用して実家に帰り、親戚で集まるのがいつもの習慣でした。

世の中には、親戚同士の縁が希薄で子どもが成長し大人が年老いてしまうと会う機会がパッタリなくなるところもあると聞きます。

幸いうちの身内はそういったことがなく、私を含む独身組もお盆には顔をだしに帰省します。祖父母が、家族が集まるのを楽しみにする人だったからかもしれません。

そしてまあ、ここ十数年の間に集まるメンツが大きく変わりました。

あたらしく入った子、いなくなってしまった大人。

 

わたしの《死》の思い出は、いつも身内によるものです。

今でも忘れられない《死》に関する思い出がたくさんあります。その中でも特に、今の私に《死》について考えるきっかけを与えてくれたのが母方の祖母と父方の伯父の対照的な死に方でした。

 

 

 見送られた祖母と、ひとりで逝った伯父

まずは、母方の祖母。お話し好きで豪快な笑い方をする快活なひとだったのが、少しずつ少しずつ認知症が進み、やがてベッドで寝ることが多くなってしまいました。
「もう今夜が最期かもしれない」と連絡を受けて家族で車を走らせました。

簡易ベッドに寝かされた祖母の呼吸は荒く、苦しそうでした。みんな泣きながら必死に呼びかけ、「ありがとう、ありがとう!」と声をかけ続けていると、祖母がかすれた声で何かを言っていて、息も絶え絶えに必死に口を動かしていたんです。
「苦しいよね…」と従姉は答えましたが、わたしは祖母が「ありがとう」とお別れをしてくれたのだと今でも思います。その後、息子や娘たちの声をきき、祖母の心臓は止まりました。

看護師さんに「心臓が止まっても少しの間、耳だけは聞こえています。どうか最後まで声をかけ続けてあげてください」といわれ、みんなで「おばあちゃんありがとう!」とひたすら声をかけました。

まさに、最期は夫、子、孫、ひ孫に見送られて祖母は息を引き取ったのです。

この1年後に祖父も亡くなったのですが、そのときもお別れまでにたっぷり一緒に過ごすことができました。

*

しっかりお別れできたお別れもありましたが…なかにはそうでない場合もありました。

特に独身だった伯父の死は、同じ独身のわたしにも自分の死に方について一石を投じるものだったのです。

*

持病で入院していた伯父は、やはり持病が悪化して苦しみながら亡くなりました。

コロナが懸念されていた時期でもあったため代表としてもうひとりの伯父が病院に向かいました。
「最後に見たのは顔をゆがめて苦しんでいる姿だった。医者からはもう手の打ちようがないといわれた」と葬式で伯父はいっていました。

*

なんともいえない気持ちです。特に亡くなった方の伯父は我が身に重ねてしまいます。

高卒で60歳までずっと働き、円満に退職した伯父。人付き合いが苦手だったのか友達らしい友達はおらず、いつも家でテレビを見て、お酒とたばこと日本茶を嗜む人でした。

 

私の死に方は「どっちだ」―堂々めぐり

《独身》と《コミュニケーションが苦手》という部分が共通していたのもあって、余計に我が身に重ねてしまいます。そのせいで、自分はどんな死に方をするんだろう、どう死にたいのか。

といった考えが、死後2年経っても頭から離れません。


まだ見ぬパートナーや子どもたちに見守られてお別れするのか、
伯父のように持病をかかえ身内の世話になり、苦しみながら独りで逝くのか。

どちらがいいかといえば、家族に見守られてのほうがいい。お世話になった人に「ありがとう」と伝えられる終わり方でありたい。

 

反面、楽しい今のままで死んでしまいたい気持ちもあります。
いつかは両親や同世代の身内を見送らなければならない。そのあとは兄や兄嫁かもしれないし、親しい友人かもしれない。最悪なことに甥っ子かもしれない。

その悲しみと喪失感に、私は絶対に一人では耐えられません。独身のわたしは…家に帰ればひとりぼっちです。

 その孤独感を思うと、見送ることに恐怖をおぼえます。

 

見送るよりも、見送られたい。

周りが元気なうちに、私が先に死んでしまいたい。

 

親不孝にもそんなことを考えてしまいます。

だからといって自殺をするわけではありません。祖父母にも親にも愛されている自負があるので、恩返しのためにも自分の命を軽率に投げ出したくない気持ちもあります。

その堂々巡りです。

 

死に方から、今のわたしに

その流れで今の自分自身、そして一番人生に食い込んでくる仕事―働き方についても考えるようになりました。

今の会社で、この瞬間だけを過ごしていくやり方。
趣味にお金を費やして、ときどき友達にあって人生の大半を一人で過ごす。そして両親や身内を見送って、知り合いが減っていく日々。

このときは親しい人が退職していくのを見送る辛さもありました。(退職しても連絡すれば会えるのだから、聞けばよかったのに。と今は思う)

 

死ぬまで私たちは生きるために働かなくてはならない。

どうせ独りぼっちでいるのなら、若いうちに早々に死んだほうが楽。

でも人生100年といわれる時代。いつ死ぬかなんて、誰にもわからない。

孤独にも耐えられそうにない。

 

なら《年寄りになっても人が集まれる場所》を作りたい。

名古屋のそこら中のカフェのように、『深夜食堂』のように、小さなお店の中に顔なじみが集まれる場所が。そこには知り合いがいて、私もいて。お互いの近況と健康を話題にしながら平穏に過ごせたら。

 

私は今、それを夢に【自分ができること】をもがいています。相変わらず不器用なのですが…;;

 

いつの間にか《ミラキュラス》にはまっていた【日記】

甥っ子に付き合ってみていたらいつの間にかハマってしまったアニメがあります。

ミラキュラス レディバグ&シャノワールです。

今日はちょっとその魅力を語らせてください!

あらすじ


www.youtube.com

現代のフランス・パリに住んでいるごく普通の高校生、マリネットとアドリアン
だが2人は邪悪な影からパリの街を守るスーパーヒーローである。謎の男ホーク・モスが作り出す善良な市民をヴィランへと変える邪悪な生物・アクマをとらえるため、クワミ(妖精)の力でレディバグとシャノワールに大変身。
ライバルかつバディとして共に戦う2人だが、その正体は誰も知らない。
当の本人さえお互いの正体を知らず、マリネットはアドリアンに、シャノワールレディバグに片想いをしているのであった。
ミラキュラス レディバグ&シャノワール - Wikipedia より

 フランス・日本・韓国の合同制作のCGアニメーションだそうです。
しかも東映! 

アラサー世代がかつて憧れたセーラームーンシリーズのアニメを制作しているところと同じなんです。

初めてみたときは変身シーンがセーラームーンぽいとおもったのですが、何度かみているうちにミラキュラスそのものの魅力にはまっていきました!

多彩なヒーローたち

ミラキュラスによって能力は異なるのですが、それ以上に変身シーンの違いが面白い!

変身シーンとBGMに注目してほしい!

レディバグとシャノワール以外にもヒーローが登場します。

彼らの変身シーンが一人ひとり違っており、曲調がロックだったりロボットダンスがはいってたり……日本のヒーロー&ヒロインの変身シーンとは違ったタイプの演出をしていてそれが面白いんです。

別のヒーローにも変身できる!

ミラキュラス(変身アイテム)とクワミさえいれば、別のヒーローにだって変身できるんです。

作中では主人公のマリネットが相棒であるシャノワールのミラキュラスを使ってレディノワールに変身することもあります。

 

www.youtube.com

 この変身シーンを集めた動画はずっと見ていられる…。

気になるマリネットとアドリアン恋愛模様

ライバルかつバディとして共に戦う2人だが、その正体は誰も知らない。
当の本人さえお互いの正体を知らず、マリネットはアドリアンに、シャノワールレディバグに片想いをしているのであった。 

マリネットはアドリアン。シャノワールアドリアン)はレディバグ(マリネット)に恋しているんですよね。

両片思いなんです。

シーズン1は二人の仲は進展しませんが、シーズン2から少しずつ友達としてお互いを知っていくようです。またレディバグとシャノワールもお互いを良きパートナーとして信頼を深めていくようですね。

(実はまだシーズン1しかまともに見ておりません…)

さらにライバルも登場しちゃったりして、ふたりの恋路がどうなるのかオバサン気になる木~~!

距離が縮まったとおもったら、新キャラが登場して一波乱が起きる!

これって、少女マンガあるあるじゃないですか~!!

ふたりの間に食い込んでくるキャラらしいので、どんな恋愛模様が展開するのかすごく楽しみです!

とりあえず、シャノワールにはレディバグのことをずっと「マイレディ」と呼んでいてほしいです。

 

ディズニーチャンネルでシーズン3がはじまったばかりなため、実家に録画をお願いしております!
いつ帰省できるかわからないけど、甥っ子と一緒に見れたらいいなぁ。

わたしは常子になりたいのかもしれないー『とと姉ちゃん』を見て【日記】

最近は2016年のNHK朝ドラ『とと姉ちゃん』を見ています。

静岡県遠州に生まれ、亡き父に代わって母と妹たちを守る「とと(父親)」の役割を果たし「とと姉ちゃん」と呼ばれて育つ小橋常子(こはし つねこ)をヒロインに、戦前・戦後の激動する昭和時代をたくましく生き抜いてゆく三姉妹の家族年代記と、彼女らが東京で女性のための雑誌を作る出版社を立ちあげ、「魂のパートナー」となる天才編集者・花山伊佐次(はなやま いさじ)と出会い、雑誌『あなたの暮し』を刊行し一世を風靡する挑戦のストーリーを描く(wikipediaとと姉ちゃん」より)

 高畑充希さんが好きなので見始めたんですが、これが結構おもしろい。

とくに、花山さん(唐沢寿明)との出会いから起業し、奮闘していく姿にとても感情移入してしまって。「自分も頑張らなきゃ」と思うばかりです。

 

仕事にやりがいを持っている社員が羨ましい

常子がおこした「あなたの暮らし出版」に勤める社員たちが、自分の仕事にやりがいを持っていることが羨ましい!!

世の中「主体性をもって働きなさい」という会社は多いし、社会もそれが当たり前だという風潮があります。
でも積極性って、仕事に対して「自信」とか「やりがい」とか、プラスな気持ちがないとできないです。

現にわたしがそうです。

やりがいを感じていたときは積極的に動けていたし、躓いた時があってもどうにか持ちなおせるパワーもありました。

「楽しい」「やりがいがある」「仕事に自信がある」そういったプラスな気持ちがあるからこそ、仕事も頑張れる。

だから、楽しくお仕事をしているひとたちがすごく羨ましいです。また一緒に頑張れる仲間がいるということも。

フィクションではありますが、見せつけられてしまうと会社員が恋しくなります…。

(やめたことに後悔はありません)

小橋三姉妹の言葉遣いが好き

常子には鞠子、美子という妹たちがいますが、みんなとても言葉遣いがとても丁寧。それがまた彼女たちの魅力を引き立たせるし、とても自然で見ていて「なんて言葉遣いがていねいなお嬢さんたちなの」とうっとりします。

敬語の使い方がとても上手です。いいなぁ。

 

奮闘する常子に感情移入してしまう

女性の社会進出がまだ稀であった戦後の昭和から、常子は「女性のためになる雑誌を」と雑誌を作り、出版社をたちあげます。

強い志を胸に、ときに頑固にときに柔軟に、年上の花山さんにも自分の気持ちをしっかり伝えられる常子を応援したくなるだけでなく、見習いたい気持ちにもなります。反面「何かを始める人はかくあるべき」と見せつけられているようで、私の捻くれた心がつつかれる思いも。

 

自分のやりたいことを実現させていく力と踏ん張る力、

仲違いしても歩み寄る素直さと誠実さ、されど自分の意見をぶつけるパワー。

そして、理解ある周りのひとたちに恵まれた環境。

 

常子が持っているものは、私にはなくて、でも私が欲しいものなんですね。

ああ、そうか、わたしは常子のように働く人間になりたいんだろうな、多分。

 

(基になった人物はいたとはいえ)これは逆境に負けず奮闘するヒロインを描く朝ドラで、フィクション。こう思うのはちゃんちゃらおかしいのかもしれないけれど…。

 

はたして私は、どんなビジネスライフをおくることになるのでしょうね。自分の人生、第一の観客として見ていこうと思います。